天地人:第42回「将軍誕生」

前回分は書いていないのですが、観ておきました。簡単にまとめると、米沢での苦しい生活が始まり、まずは食料の確保など「生きる」ことを第一にして皆で頑張っていくお話でした。また兼続の父である惣右衛門が亡くなっています。
さて、今回のお話に移ります。兼続が子供たちに対して、直江家の行く末を話し、息子の竹松が病に倒れたところからです。これを伝え聞いた京の菊姫は、お船に米沢へ帰るよう命じます。しかし、菊姫の身体は病に蝕まれていました。
その一方で、家康は江戸城で腹心を集め、1603年の2月に征夷大将軍に命ぜられます。幕府が開かれたことで家康に謁見することを決めた兼続、しかし実頼は反対します。兼続は弟に、生き残ることを優先したと諭しますが、納得がいかない様子。
そうして江戸に入った景勝と兼続でしたが、京の菊姫が倒れたとの知らせが入ります。行くことを躊躇する景勝、しかし謁見は自分に任せて欲しいという兼続の言葉に従い、伏見に急ぎます。前から便りで知らされていた「側室を持って欲しい」という覚悟を、とうとう景勝も受け入れました。
一方、兼続は家康に謁見していました。主がいないことを咎められますが、人を大切に思いやる気持ちについて話し、家康を皮肉った物言いをします。
翌年の正月、景勝と兼続は秀頼に挨拶をするため大阪城に向かいます。そして挨拶の直前に、菊姫が亡くなったという知らせが入るのです。今すぐ飛び出したい気持ちを堪え、景勝は挨拶を済ませたのでした。
米沢に戻った兼続に、菊姫から手紙が届いたことを知らされます。それは、兼続を最初は恨んだこともあったが、今はとても感謝している、という内容でした。これを読んだ兼続とお船は、竹松を救った菊姫の判断をありがたく思い、命の大切さを説くのでした。
菊姫は身体が弱く、子供も残せなかったため、国主の正室としてはいまいちだったのかもしれません。しかし景勝は生涯の妻として愛し、危篤の際に急ぎ向かったりと、夫婦の絆は固かったんですね。側室の件を先延ばしにしていたのも、明らかにこの妻あってのことでしょう。
また、今回の話ではありませんが、小さい石高で多くの家臣たちを養う大変さが良く伝わってきました。2棟の建物で6世帯が暮らしたり、半士半農の生活を余儀なくされたり。生きるためにプライドを捨てざるを得なかった、侍たちの辛さがありました。
それにしても、この大河ドラマもそろそろ終わるはずですが、どの辺まで描くのか楽しみですね。
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